心理学の三大巨頭から学ぶ 怒りとは出し入れ可能な「道具」

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あなた自身が怒りを覚えたとき、また怒っている人を目にしたとき
そのときどのような感情なのかを考えたことはありますか?

今回は心理学の三大巨頭である
アルフレッド・アドラーの
思想の一部をご紹介していきます

ある日の昼下がり
ある青年が、喫茶店に行きました
ほどよく雲が広がっていて暑くもなく
気持ちの良い天気のなか
オープンテラスで気分よく
本を読んでいました

そこへ通りかかったウエイターが
この青年の上着に
コーヒーをこぼしてしまいました

この青年はカッとなって
思わず大声で
ウエイターに向かって
怒鳴りつけました

「この上着、買ったばかりやねんぞ!!どうしてくれんねん!!」

この上着は買ったばかりの
いわゆる一張羅
どうしても
怒りを抑えられなかったというのです

普段この青年は、公の場で
大声を出すようなことはありません
でも、この時ばかりは
普段の性格を変えてしまうほど
怒りに駆られ、我を忘れ
店中に響き渡るくらいの大声で
怒鳴り散らしてしまったようです

要するに
普段は温厚な性格なのに
怒りの感情に抗することが出来なかった
自分にはどうすることも出来なかった

そんな感じのシチュエーションです

さて、あなたならどう考えますか?
考えるよりも先に声が出てしまった
そう考えるのが普通かなと思います

ではさっきの青年が…
偶然に刃物を持っていたとして
カッとなったはずみで
相手を刺してしまったとします
その場合も
「自分にはどうすることもできなかった」
「これは不可抗力だ…」
そう弁明しますか?

これは極論のように聞こえるかもしれませんが
そうではありません

人は感情にあらがうことができないというのであれば
怒りに駆られた犯行はすべてが
「怒り」のせいであって
当人の責任ではなくなってしまいます

青年はウエイターに対して
「大声を出すために、怒った」
大声を出すという目的をかなえるために
怒りの感情を作り上げた

大声を出すことで相手を屈服させ
自分の言うことを聞かせたい
その手段として
怒りという感情を捏造したのです

わざわざ大声をあげなくても
言葉で説明すれば
ウエイターは丁重にお詫びもしたでしょうし
キレイな布巾でふき取るなど
しかるべき措置もとったはず
あるいはクリーニングの手配も
してくれたかもしれない

でも
言葉で説明する手順を面倒に感じで
無抵抗な相手を
より安直な手段で屈服させようとした
その道具として 【怒りの感情】 を使った

相手を屈服させるために
怒りの感情を使った?はぁ?
そんなことを考える余裕なんてあるわけない!
考えをめぐらせるヒマなんてないし
怒りって もっと突発的な感情だ!

そう思うかもしれません

【怒りとは出し入れ可能な道具】

たしかに!
怒りの感情は 一瞬 です

こんなお話があります

あるとき母親と娘が大声でケンカをしていました
そこへ電話がかかってきました
「もしもし?」
電話に出たのは母親です
さっきまで口論をしてましたから
声には怒りの感情がこもっています

電話をかけてきたのは
娘の通う学校の担任の先生でした
そうと気付いた母親は
丁寧で落ち着いた声色に変化します
そのまま5分ほど
よそ行きの声で担任の先生と話しました

会話を済ませ電話を切った後
娘とのバトルが再発です!!
血相を変えて娘に怒鳴りつけ始めました…

よくある話です…

誰でもできることです

そうです
怒りとは出し入れ可能な「道具」なんです

電話がかかってくれば瞬時にひっこめ
電話を切れば再び持ち出すこともできる
この母親は怒りを抑えきれず
怒鳴っているわけではなく
ただ大声で娘を威圧するために
それによって自分の主張を押し通すために
怒りの感情を使っている

【怒りは捏造する】

怒っている人を見かけたときに

主張を押し通すために
言葉が足りない
説明が不十分
相手の話をよく聞かない
自分のことを棚に上げて
相手のせいにするんじゃない…

わたしはよくこう感じています
当の本人はおそらく気づいていません
怒っている人を見かけたら
巻き込まれないように注意して近づかないか
真っ向勝負で打ち合いをするか
どちらかに決め込んでいます

徹底的にやる か 徹底的にシカト
中途半端はダメです
自分の中で白黒ハッキリつけておきましょう
自分の中に軸がハッキリしていれば
周囲に振り回されることもありません

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